eternalwingと高野山
- 慎一郎 柏
- 2014年10月19日
- 読了時間: 3分
eternalwingを開店して以来、高野山関連の方や僧侶との出会いや別れが人生のページに付けくわえられました。
この店に来るまでは個人的に数回足を運んではいたんですが、現在のような状況は想像すらしていませんでした。
eternalwingにとって高野山は、パワースポットではなく、癒しの場所でもなく、楽しい場所でも有りません。が、高野山には何度も何度も足を運んでいます。
我々にとっての高野山は、厳しい場所であり、何か間違った事を気付かせて頂くキッカケを頂く場所であり、自分と向き合う為の精神世界の良き相談者であります。
現在は観光名所やパワースポットのように扱われて、まるで観光客の為に在るかのように勘違いされておられる人の方が多いように感じますが、本来、決してそのような場所では有りません。
歴史的に見ても大変貴重な場所では有りますが、本来は高野山そのもの自体が修行の場であります。
eternalwingにとってはそのような場所です。
きっと、皆さんにもこの様な場所が存在するでしょうし、足を運んでいらっしゃる人も多いかと思います。
そこでしか感じる事の出来ない「何か」が我々にとって非常に重要でありますし、お客様にも重要な何かが有るのではないかな?と思います。
ここまで書くと真言宗なんでしょ?と思われてしまいますが、実は違いますので・・・。
無宗教です。
自分が「良いなぁ」と感じた場所。それがたまたま高野山だった。それだけの事です。
しかし、そんな無宗教な自分達にも何かを気付かせてくれたのが高野山でした。
ある日、高野山に行く道すがらに「高野槇」を植林している山に差しかかると・・・

天に向かって伸びる槙の木の姿に目を奪われました。
天から降り注ぐ光に向かって山々の木々達が光り輝き、その美しい姿を思いっ切り輝かせていました。
その中でも特に「高野槇」は格段に輝き、まるで天に昇って行く魂のようでも有りました。
高野山では、必ず高野槇をお供えしています。
それはきっと、このように天に向かう姿がまるで衆生の者の魂のようだからではないのか?と、思えるほどに輝いています。
天から降り注がれる太陽の光は極楽世界のようであり、大日如来の光のようでもあり、神のようでも有りました。
きっと、今生きている我々にも、このような光が降り注がれて夢や希望を持ち続けていられるのではないか?と感じるのです。
eternalwingのロゴにも同じような思いで光を描いています。
翼は誰の心にも有る心の翼です。
夜の高野山も美しい顔を持っています。

この影は・・・

根本大塔です。
紅葉の季節に行くとライトアップもされていて美しい高野山も発見できます。

観光ではなく、自分と向き合う為の高野山へ・・・興味のある方は行けれてみては?